京唄子の晩年。「爆報!THE フライデー」で娘・鵜島節子が告白。腰の激痛と車椅子と手術・金具で骨折(動画・画像)

スポンサードリンク

京唄子の晩年。「爆報!THE フライデー」で娘・鵜島節子が告白。腰の激痛と車椅子と手術・金具で骨折(動画・画像)今年2017年の4月に、
89歳で亡くなった女優の京唄子さん。

「渡る世間」などで有名な方ですが、
それ以前に出演した名作は数知れず、
昭和の映画を愛した多くのファンが悲しみに暮れました。

そんな京唄子さんですが、
亡くなる直前の晩年について、
娘の節子さんが番組「爆報!THE フライデー」にて語りました。

ずっとファンが知りたかった裏側ということで、
大変大きな反響があったそうです。

今年4月に肺炎のため亡くなった漫才コンビ「唄子・啓助」で人気だった女優・京唄子さん(享年89)の「謎の晩年」を実の娘・鵜島節子さんが22日放送のTBS系「爆報!THE フライデー」(金曜・後7時)で明かした。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00000133-sph-ent

かなり過酷な晩年に、
ツイッターなどネット上で、
京唄子さんに対する様々な感傷的な声が溢れてます。

どんなに辛くても仕事に没頭した、
尊敬するべき晩年だったというのは、
昭和の女王として、さすがとしか言いようがないです。

京唄子の晩年。「爆報!THE フライデー」で娘・鵜島節子が告白

京唄子さんの娘の鵜島節子さんから語られる、
生々しい晩年に、多くの視聴者が涙を流しました。

番組では共演者の方々も感動の声をあげ、
昭和を代表する大女優への尊敬の念は、
改めて大きくしました。

もともと、京唄子さんは2008年に舞台稽古で腰を痛めていたそうで、
そこから、体に鞭を打って舞台に励んでいたことが、
のちの病状の悪化につながったそうです。

京さんは08年、舞台稽古中に腰に激痛が走り、腰椎圧迫骨折の診断を受け、車いす生活に。復活への強い思いから1年後、名作ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で女優復帰を果たした。しかし、腰を万全にしたいがために全国の病院を行脚。ある病院で「腰椎インストゥルメーション手術」という成功率30%の難手術を受け、成功した。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00000133-sph-ent

腰を痛めた後は、車椅子で生活を送りながらも、
渡る世間で女優復帰を果たすというガッツ・・・。

腰は常に痛み、痛みをこらえて、
現場では堂々と振舞っていたそうです。

それでも、全国の病院を回って、
腰をよくするアテを探していたそうです。

やっと見つけた、
「腰インストゥルメーション手術」という、
成功率30%の難しい手術を成功させ、
また、女優として再発しようとしてました。

しかし、唄子さんに悲劇が起きたのはそのあとだったそうです。

ギリギリまで現場にしがみつく女優根性とは裏腹に、
体はいうことを聞かなかったそうです。



スポンサードリンク


京唄子の晩年は腰の激痛と車椅子と手術・金具で骨折

大きな手術を成功させた京唄子さんですが、
その手術で体に入れていた金具の重みに骨が耐えられずに、
腰椎を粉砕骨折させてしまったそうです。

その時に京唄子さんは医者に、
「二度と歩くことはできない」と告げられたそうです。

車椅子生活からの必死のリハビリで現場復帰。

さらには難しい手術を成功させた矢先です・・・。

喜劇と悲劇が交互に舞う、ジョットコースターのような晩年ですね・・・。

しかし、女優復帰も見えてきた矢先に手術で入れた金具の重みに骨が耐え切れず、腰椎を粉砕骨折。医師から「2度と歩くことはできない」という診断を受け、寝たきり生活になってしまった。

「手術はしない方がいいと言ったのに、本人が『やる』と言って…」と節子さん。その後は24時間介護が必要な寝たきり生活になってしまった。女優としてのプライドから病床の写真などは一切、撮らせなかったという。

「だんだん、やせてきて。オムツを代えたり」と振り返った節子さん。6年に渡る闘病の末、京さんは今年4月に亡くなった。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00000133-sph-ent

骨折した後の京唄子さんは寝たきりの生活になってしまったそうです。

女優としての復帰が絶望的になってしまったので、
京唄子さんの最後を早めたのでしょうか?

もともと娘さんは手術自体に反対だったそうですが、
京唄子さんは現場に戻れるわずかな可能性に賭けてみたかったのです。

6年の闘病生活の中でも、
女優としてのプライドからか、
写真は一切撮らせなかったそうです。

最後の最後まで女優であり続けた、
偉大という言葉では足りなぐらいの方です。

高倉健さんの晩年も感動的だったと言われてますが、
昭和を生きた方の方が強い方が多いと思うのは気のせいでしょうか?

今後、京唄子さんや健さんのような演者は、
二度と現れないと、勝手に思ってしまう次第です。

スポンサーリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加