ダークダックスの佐々木行の死去。死因と病気(病名)。メンバーと歌(代表曲)。

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ダークダックスの佐々木行の死去。死因と病気(病名)。メンバーと歌(代表曲)。1951年から結成され売れた、
男子ボーカルグループの「ダークホークス」ですが、
主要メンバーであった佐々木行さんが亡くなったそうです。

美しいボーカルと、日本だけでなく世界で注目され、
2005年には日本レコード大賞も受賞されてます。

メンバーの全員が慶応義塾大学出身ということで、
そのステータスの濃さも話題に、豊富な人脈で個性を発揮しました。

ダークダックスの佐々木行の死去。死因と病名

「山男の歌」「銀色の道」「ともしび」など数々のヒット曲を世に届けた男性コーラスグループ「ダークダックス」のメンバーで、「マンガさん」の愛称で親しまれた佐々木行(ささき・とおる、本名・通正=みちまさ)さんが20日、死去した。84歳。葬儀は近親者のみで営む。

1932年、福島県生まれ。51年、佐々木さんら慶応大のワグネル・ソサィエティー男声合唱団のメンバー3人がパーティーで合唱を披露したのが始まり。翌年、1人が加わり4人組となった。佐々木さんはつややかなテノールでメロディーをけん引したが、97年に体調を崩し、療養を続けていた。

ダークダックスのレパートリーはジャズ、ロシア民謡、日本の叙情歌など幅広く、優れたハーモニーと品の良さが愛された。世界最長寿のコーラスグループとしてギネス記録にも登録。93年には4人そろって紫綬褒章を受章した。

引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160621-00000105-mai-soci

テノールが売りであった佐々木さんは、
ダークダックスの中でも大切な存在。

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兼ねてから体調が優れない時期があり、
治療に励む期間が多くありました。

世界的に日本の音楽が評価された背景には、
佐々木さんの功労が大きく認められたこともあります。

紅白14回連続出場など、当時にしてありえない業績を残してます。

1987年にはギネス記録にも載り、その知名度は世界的になりました。

グループの活動にして60年の歳月は経ており、
その生命力の強さは日本のローリングストーンズです!

伝説がなくなることは、何か寂しいものがあります・・・。



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ダークダックスのメンバー。代表曲は?

ダークダックスの主力メンバーは4人いますが、
現在までにすでに3人の方が亡くなってます。

・高見澤宏 1933年11月9日〜2011年1月7日
・佐々木行 1932年2月18日〜2016年6月20日
・喜早哲 1930年11月8日〜2016年3月26日
・遠山一 1930年5月26日〜

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1951年12月24日、慶応義塾大学の男声合唱団「ワグネル・ソサイエティー」のメンバーだった喜早さん(バリトン)が、バスの遠山一さん(ゾウさん)、テナーの佐々木行さん(マンガさん)とクリスマスパーティーの余興に合唱したのが始まり。翌年に新入生として入ってきたテナーの高見澤宏さん(パクさん)を加えて4人編成となり、ラジオにも出演するようになった。
引用:http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/03/kisou-tetsu-dark-ducks-passed-away_n_9607116.html

慶応義塾大学で集結し、その後60年活動した友情は、
日本だけでなく、世界中のファンの胸の中に残ることでしょう。

最後に残された遠山さんの、今後の言及が気になります。

56年にレコードデビューし、当初はアメリカ民謡やジャズを歌っていたが、「歌声喫茶」の流行とともに、「ともしび」などのロシア民謡や「雪山賛歌」「北上夜曲」「山男の歌」など、アメリカの黒人霊歌や日本の歌も数多く歌い、ハーモニーの美しさで人気を集めた。1966年には代表曲「銀色の道」が大ヒットした。
引用:http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/03/kisou-tetsu-dark-ducks-passed-away_n_9607116.html

大ヒットした曲は、時代を超えてCMで起用され、
現在の若い方でも、何曲は聞き覚えがあることでしょう。

今後もダークダックスの歌は日本国民に愛され、
挿入歌やCMソングに使われ続けると予想されます。

坂本九さんだけでなく、世界で知名度を誇った音楽ユニットが日本にも存在したと、
その伝説は日本の若いミュージシャンのちょっとしたモチベーションになると思います。

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