
1980年代から1990年代にかけて世を席巻した音楽ユニット、TM NETWORK。シングルとアルバムの総売上枚数はなんと1600万枚を越えるという、伝説的音楽ユニットの一つです。
今回はTM NETWORKのメンバーや、中核を担う小室哲哉さんの若い頃、経歴について調査しました。
TM NETWORKのメンバーは?
TM NETWORKの正規メンバーは三人、小室哲哉さんと宇都宮隆さんと木根尚登さんです。長年の活動期間の中でこの正規メンバーは一度も変更されていませんよ。この三人は1979年にデビューしたロックバンド「SPEEDWAY」にも三人揃って在籍しており、新たな音楽を模索していた小室哲哉さんが新たなユニットとして音楽活動することを提案して生まれたのがTM NETWORKです。
出展元:TM NETWORK
小室哲哉
TM NETWORKのリーダーにして、プロデュース担当である小室哲哉さんは、シンセサイザー、キーボード、ピアノを始めとする様々な楽器を担当しました。作詞作曲、特に作曲を小室哲哉さんが担当した楽曲も数多くある一方で、自身の意向で多くの曲の作詞を小室みつ子さんを始めとした女性作詞家に委託しています。
宇都宮隆
TM NETWORKのメインボーカルであり、ギターやベースなども担当した宇都宮隆さんは、中学生の頃からアコースティックギターでの弾き語りを行っており、高校卒業後には一般の仕事に就く一方で、地元でバンド活動に明け暮れていたのだとか。ミュージシャンとしてのデビューは1979年、SPEEDWAYに引き抜かれて加入したのがメジャーシーンへ進むきっかけでした。
小室哲哉さんは宇都宮隆さんに「僕の頭の中にあったイメージを細かい語感まで思ったままの形で歌ってくれる」と全幅の信頼を寄せています。
木根尚登
TM NETWORKでアコースティックギターやエレクトリックギターなどを担当した木根尚登さんは、1979年にSPEEDWAYのピアニスト、キーボーディストとしてデビューしましたが、TM NETWORK結成にあたってギタリストへ転向しています。
宇都宮隆さんとはなんと小学生時代からの親友で、その付き合いは50年以上。木根尚登さんが通っていた小学校に宇都宮隆さんが転校してきて、まだ友達がいない宇都宮隆さんが校庭のブランコに一人で遊んでいたところ、木根尚登さんが声をかけたのがきっかけなんだそう。小さなキッカケから、知名度の高いメンバーになるまで良好な関係が続いているなんて凄いですよね!
小室哲哉の若い頃や経歴は?
伝説的音楽ユニット、TM NETWORKも始まりは小室哲哉さんの提案であり、ユニットのプロデュースも小室哲哉さんが行ってきました。その後も様々なグループを手掛け、次々にヒットを生み出してきた小室哲哉さん。その若い頃や経歴を振り返っていきますよ。
3歳からヴァイオリンを習う
小室哲哉さんはなんと3歳から東京芸術大学教授の下でヴァイオリンのクラシック音楽の練習曲を弾くレッスンを受けていたそう。音楽の英才教育を受けた小室哲哉さんは、小学5年生の時にお母さんがエレクトーンを購入したことで鍵盤楽器と出会い、中学二年生の時には音楽の選択授業でギターではなくピアノを選び、極めていきました。
中学の音楽の時間には、作曲のテストで小室哲哉さんが提出した作品を教師が評価し、他のクラスメイト達にリコーダーで吹かせるということもあったそうですよ。
シンセサイザーとの出会い
中学生の時にシンセサイザーを無性に買いたくなった小室哲哉さんは、なんと家のギター、ヴァイオリン、エレクトーンを家族に無断で売って16万円以上したシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入したのだとか。当然家族からは怒られたものの、このシンセサイザーの入手と共にオリジナル楽曲の作曲を本格的に始めました。この時期にTM NETWORKの「Here, There & Everywhere (冬の神話)」や他の歌手への提供曲など、後に世に出す楽曲20曲ほどの雛形を作ったんですって。
早稲田に進学
高校は早稲田実業学校高等部商業化に入学、クラスメイトの半分以上から作曲の宿題を肩代わりさせられたものの、音楽担任は同一人物が作っていることには気づかなかったそうです。この時期は新宿のロック喫茶店に毎日入り浸っていたそうですよ。
大学は早稲田大学社会科学部に進学、18歳でダンスパーティのバックバンドでキーボードを担当し、演奏代5000円を貰ったのが初めての現金のギャラだったそうです。5年ほど在籍するも、統計学以外の講義にほとんど出ず、最終的に「授業料を払う位ならシンセサイザーを買ったほうがいい」と考え、除籍になりました。
1984年にTM NETWORKとしてデビュー
真っ当な職に就くべきなのかという焦りもありながら、音楽雑誌の編集長の紹介でレコード会社とつながりを持ち、バックバンド・スタジオミュージシャンを務めた小室哲哉さんは、コンテストへの出場や数々のデモテープの作成などを行っていきました。1979年にはSPEEDWAYでデビューも果たしていましたよ。
デモテープが音楽プロデューサーの目に留まるようになると、小室哲哉さんはいよいよTM NETWORKのデビューへと準備を進めていき、1984年にデビュー。同時期には松田聖子さんや中森明菜さんなどへ楽曲を提供し、作曲家としても活躍、1986年に渡辺美里さんへ提供した「My Revolution」は日本レコード大賞金賞に輝きました。
小室ファミリー全盛へ
1994年にTM NETWORKは一旦終了、プロデューサーに専念した小室哲哉さんは華原朋美さんや安室奈美恵さんのなど多数のミュージシャンのプロデュースを行っていき、いつしか小室ブームを巻き起こすことになります。小室哲哉さんが手掛けたアーティストは「小室ファミリー」と称されるようになり、その中で、1995年には音楽ユニット「globe」に自らリーダーとして加入、同グループもヒットを連発しましたよ。
近年の小室哲哉は?
1997年頃からは小室ファミリーも少し勢いを落とし、次第にブームは収束。小室哲哉さん自身も2000年代は苦しい時期もありましたが、2009年に音楽活動を再開して2010年にはAAAへの楽曲提供作を復帰作としました。TM NETWORKのは活動停止と再開を繰り返しており、自身も引退発表の後に復帰するなど近年の活動は安定していませんが、2025年には自身のユニット、PANDORAの7年ぶりとなる公演や大分のフェス「ジゴロック」への参加など、精力的に活動しています。
最後に
今回はTM NETWORKのメンバーや小室哲哉さんの若い頃、経歴について紹介しました。後に数々の伝説を残していく小室哲哉さんの、最初の伝説がTM NETWORKなのですね。TM NETWORKは2020年の活動再開を経て現在も活動中、2025年にも盛んに活動されておりこれからの活躍からも目が離せません!